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古式ゆかしい儀礼に変化が訪れたのが明治三〇年代

古式ゆかしい儀礼に変化が訪れたのが明治三〇年代だった。ひと言でいえば、カジュアル化。もう少し説明的にいうと、行列型から集会型へ、あるいは移動型から劇場型への質的転換、である。まず、今日「伝統的なスタイル」とされる神前結婚式がはじまった。日本の結婚式に宗教者が介在するようになったのは、このときからといわれている。神前結婚式のルーツはほぼ特定されている。一九〇〇(明治三三)年五月一〇日の、皇太子嘉仁(大正天皇)と九条節子(貞明皇后)の婚礼である。ときに嘉仁二二歳、節子一七歳。嘉仁は陸軍少佐の正装で青山の東宮御所を、節子は白鶴子の礼装で赤坂の九条邸を出発。それから束帯と十二単に着がえて宮中賢所の神前で婚儀を行い、洋装に着がえて宮中正殿で天皇皇后に挨拶をし、それから沿道の人々の中を馬車でパレード。さらに正装と中礼服のローブデコルテ姿で要人の祝賀を受け、しかるのちに二人、手に手をとって饗宴の席にのぞんだという。二人はまた、はじめて新婚旅行に出かけたロイヤルカップルでもあった。伊勢神宮と神武天皇陵などへの参拝を兼ねた、二人そろっての三重・京都・奈良への旅。それがどれほどアバンギャルド、が大げさならニューウェイブな結婚のあり方だったか、戦後生まれの人々は想像もつかないだろう。なにがニューウェイブかって「カップル」をビジュアル化してみせたところがスゴイのである。夫婦そろって手に手をとってなんてこと、皇族に限らず、それまではありえなかったのだから。

お祝い金のマナー

お祝い金(ご祝儀)の金額は、相手との関係の深さによって決めますが、お祝い金の内訳は「披露宴の食事代+お祝いの気持ち」ですので、盛大な披露宴だと場所代や食事代も高価になります。祝い金も多めに包む必要がありますので、事前に招待された者同士で打ち合わせしておくとよいでしょう。お祝い金には必ず新札を使います。以前は二つに割れる偶数は縁起が悪いとされていましたが、最近ではあまり気にしないようです。4は偶数であるうえ「死」を連想させるので×。9(苦)も避けます。祝儀袋は、中に入れる金額に合わせて選びます。お札は表を上にして中袋に入れ、表に金額を、裏に名前を書きます。祝儀袋はふくさに包むのが正式なマナーです。裸のままバッグに入れるのはNG。ふくさがないときはハンカチでも代用できますが、最近は慶弔兼用の便利なものもあるので、準備しておきましょう。受付では新婦側か新郎側かを告げ、「本日はおめでとうございます」とお祝いを述べ、名前を名乗ります。ふくさから祝儀袋を出し、自分の名前を相手に向け、両手で受付係に手渡します。そして、芳名帳に自分の名前と住所を記入します。

着席するときはゆっくりと腰を下ろす

着席するときはゆっくりと腰を下ろします。勢いよくド〜ンと腰を下ろすのは、美しい動作に見えません。テーブルと体、椅子と背中の間に、ある程度ゆとりを持たせるようにします。小さなバッグは椅子と背中の間に、大きなバッグはビジネスの席では足元に、食事やパーティーではクロークに預けます。椅子に座っているときは、背筋はピンと伸ばします。姿勢が悪いと、みすぼらしく見えます。足はたとえテーブルの下にかくれていても、女性は両ひざをつけて、足をまっすぐにします。男性はひざをつけず、少し開きます。いずれも、足を組んだり、ブラブラさせたり、投げ出したりしないことです。テーブルの上で食事をしたり、メモをとったりするときは別ですが、原則的に手はひざの上に置きます。食事の席では、着席したら目上の人がナプキンをひざの上に広げてから、二つ折りにしてひざの上にのせます。大きめのナプキンは三つ折りでもかまいません。